なるほど適職・・、人の好みは色々です
今日鑑定をした、K子さん(31歳)にお聞きした話です。
K子さんは、病院で医療事務の仕事をしている方ですが、そのK子さんのお母様という方が、とってもユニークな方なんですね。
なんでも、墓場が大好きで、墓地にいるとホッとする、とおっしゃるのだそうです。
とにかく墓が好きで好きで、挙句にお母様は、自営で、墓の販売を仕事にして生計を立るほどになった、という事です。
これなど、まさに適職!ですね。
漫画家の水木しげるさん(代表作・ゲゲゲの鬼太郎)は、妖怪が大好きで、子供の頃から変わった子供でした。妖怪が本人か本人が妖怪か? という方です。
私と同郷の鳥取県生まれですが、鳥取県の境港の街を「水木しげる(ゲゲゲ)ロード」や「ようかい村」などに変え、そして米子空港を「米子鬼太郎空港」と名前を変えて(変えさせて?)しまいました~。鳥取県の西部を妖怪の地に変えてしまったのですから、なんともすごい影響力です。
ちなみに私の故郷・倉吉市は鳥取県中部に位置し、妖怪の手はまだ伸びていません~。中部はその内、「手相ロード」かも~(笑)。
また一昨年亡くなられた映画評論家の淀川長治さん(サヨナラ、サヨナラ の名せりふでお馴染み)は、著作『生きるという贅沢・・私の履歴書』 の中で、次のように述べていらっしゃいます。
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「映画はさらにはげしく見るようになった。八歳のころから一人でどこの映画館にも堂々と入場していた。
グリフィス監督の『散り行く花』、チャップリンの『担え銃』、モーリス・ターナーの『』ウーマン』、ストロハイム監督の『愚なる妻』、ブレイビン監督の『紐育の丑満時』、ジョージ・メルフォード監督の『吾が妻を見よ』 など中学生時代に見た名作はいまでも、八十八歳を迎えたいまの私でも、ファーストシーンからラストシーンまで語れるぐらいである。
十歳の時に見た『ウーマン』(1918年作、アメリカ映画)は私に映画もまた文豪小説の名作にいささかも負けぬ感激を輝かすものと悟らせ、この映画を持って私は生涯を映画とともに生き抜こうと固く固く決心したのであった。」
また別の箇所にはこうある。
「・・・・・そのころ私は十二歳という年齢だったが、もう朝から映画のことばっかり考えていた」
『生きるという贅沢・・私の履歴書』(日本経済新聞社 刊)より
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という訳で(ここでは3人しか紹介しませんでしたが)、人にはそれぞれ夢中になる分野があり、好みは百人百様である、という事です。
好きなものは“適職”。「好きこそものの上手なれ」。
それで生計が立てられるかどうかはあなた次第ですが、あなたの大好きな事が適職の一つである事は間違いありません。
*「適職について」や「自分の適職の見つけ方」などに関しては、拙著『人と同じじゃ意味がない』(創文刊)で詳しく述べています。ご参照ください。
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